薬  害  エ  イ  ズ
         医療大国 ・ 日本 の 幻影 ・・・ 真実 と 裏側
 裁かれる 犯罪 ・ HIVエイズ  薬害 の 根本 = 国 / 厚生省 + 企業
        知能犯罪 の 温床 の 一例   企業創設 と 癒着 と 天下り の 実態   国 ⇔ 企業

 日本 は 国内 の 献血 では 足りず 世界 の 60% の 血液 を 消費 し その大半 は アメリカ からの 輸入
 血液 に 頼って いますが 無償 の 血液 は 何処 の 国 でも 集まり 難くく 自分 の 血 を 売る 売血
 頼り に されます ・ アメリカ 等 の 売血 出来る 国 の 人々 の 多く は 金銭 に 困る 貧困層 や ドラッグ
 / 麻薬 等の 中毒患者 であり 貧困層 では 性の氾濫 で 中毒患者 では 麻薬摂取 に 伴う 注射器 の
 使い回しで 感染リスク が 高まり 危険 な 病原体 が 感染拡大 し それを 使う 医療 の 現場 へも 蔓延
 エイズ は 感染後 2〜3 週間 の 初期 では抗体 が 出来ず 当時 の 検査 では 陰性 = 陽性反応 が
 出ない為 正常 な 血液 として 採血 され 保存 されて 行き 一握り の 危険 な 血液 が 世界中 へ 蔓延

 薬害エイズ とは 輸血 血液製剤 等 の 医療 による HIV ウイルス - エイズ の 感染

 輸血 / 血液補充 の 必要性

  一般 の 手術   一般治療 から 大量出血 の 見込まれる 大手術 や 出産 等々
  血友病 患者  通常 でも 体内 での 出血 が あり 止まり 難く 輸血 しか 治療法 が 無い 難病
    血友病 A 型  血液凝固第8因子欠乏症 患者  クリオブリン / 日本臓器製薬 を 投与
    血友病  B 型  血液凝固第9因子欠乏症 患者  クリスマシン / ミドリ十字 を 投与
    血液凝固 の 要 としての 血液凝固第1因子 と 言う 意味 で フィブリノゲン / ミドリ十字 を 投与

 血液製剤  当時 世間では 同一 の 由来 による 薬害 C型肝炎 の 感染 も 話題 に なりました
 
  クリオ製剤 1964 / 昭和39年 アメリカ で 開発 : 2 〜 3人 の 血液 を 濃縮 させた 安全性 の 高い
    血液製剤 は 後 に 改良 され 血液 を 凍結 し 解凍時 の 上澄み を 採った 第 8 因子 を 多く
    含む 濃縮血液凝固因子製剤 が 完成 しましたが 必要量 を 得る には 手間 が かかり過ぎました
 
  フィブリノゲン 1978 / 昭和53年 日本 で 認可 : 血液 から 分離 した 血漿 数万人分 を 集めて
    作るため 効率 は 良い ものの 一人 でも 感染者 が いれば 作られた 製剤 は 全て 感染物 となる
    危険性 を 孕んでいました : 多く の 血液 は アメリカ からの 輸入 に 頼らなければ なりません
    しかし クリオ製剤 に 比べ 少量 で 効果 が 得られる ため 家庭 での 摂取 も 認可 され 便利 に
    全 血友病 患者 の 40% - 1800人 が 感染 し 2001年 時点 で 400 人 が 亡くなって います
 
  濃縮血液凝固第9因子製剤 1976 / 昭和51年 認可 〜 1985 / 昭和60年 加熱製剤
    加熱製剤 へ 変更後 も 自主回収 を 怠り 1988年頃 まで 医療現場 で 使われ 被害 が 拡大
 
  濃縮血液凝固第8因子製剤 1978 / 昭和53年 認可 〜 1985 / 昭和60年 加熱製剤
 
    非加熱製剤 に 変わる 加熱製剤 の 登場 で HIVエイズウイルス は 消滅 に 至りました
 
    血液 の 半分 を 占める 血球 は 赤血球 96% + 白血球3% + 血小板1% で 構成 され
    もう 半分 の 血漿 は 水分 96% + 蛋白質 4% + 脂肪 ・ 糖 等 で 血液凝固 や 免疫 を 掌る

 事故 では 無い 犯罪 の 検証   数多い 薬害 の 中 で これが なぜ 犯罪 なのか
 
  既存 の 安全 な クリオ製剤 が 在る ものの 利益 が 少ない為 クリオ製剤 の 使用条件 や リスク 効果
  を 偽り 値引率 が 大きく 利益 も 大きい 儲かる 薬品 を 使用するように する為 効果 を 過大強調 /
  副作用の軽減 ・ 強力な止血力 ・ 自己注射可能 等々 で 変更 を 誘導  値引率 で 価格 に 差
  更には 加熱製剤 が 登場 して からも 在庫一掃 から 非加熱製剤 を 販売 し 続けました

  アメリカ  1964 / 昭和39年 クリオ製剤 開発
  日 本   1967 / 昭和42年 クリオ製剤 認可
  アメリカ  1968 / 昭和43年 非加熱製剤 フィブリノゲン の 危険性 が 指摘 され 警 告
  日 本   1976 / 昭和51年 血漿輸入 許可   売血 による 大量血液 から 分離 した 血漿
  アメリカ  1977 / 昭和52年 FDA / 米国食品安全局 が 製造許可 を 取り消し
  日 本   1979 / 昭和54年 非加熱製剤 フィブリノゲン 使用開始
  日 本   1982 / 昭和57年 厚生省 の 薬務局 生物製剤課 に エイズ研究班 が 設置 されるが ・・・
  アメリカ  1983 / 昭和58年 加熱製剤 登場   非加熱製剤 の 危険性 を 世界 が 注目
    米国防疫センター / CDC が アトランタ会議 で 非加熱製剤 の 危険性 を 製薬会社 へ 警告
  日 本   1984 / 昭和59年 厚生省 が 加熱製剤 を 治験開始 するものの 販売 は 継続
  日 本   1985 / 昭和60年 加熱製剤 認可   第一回 国際エイズ会議 が アトランタ で 開催
    世界 に 遅れる 事 2年半 で 元来 回避 された はず の 更なる 被害者 が 国内 に 多数 誕生
  日 本   1990 / 平成2年 まで 在庫 を 売る為 販売 を 継続 していた とも 指摘 されます
    累計 : 全国 7000ヶ所 の 医療機関 で 推定 28万人 に 投与 されたと されています

 1989年 国 / 厚生省 と 製薬会社 に 損害賠償     民事訴訟

  製造 で 起訴
 
  ミドリ十字 1950/昭和25年 大阪 に 創業 の 民間血液銀行 / 日本ブラッド・バンク が 前身 で 
   その後 吉冨製薬 ⇒ ウェルファイド ⇒ 三菱ウェルファーマ ⇒ 田辺三菱製薬 と 名義変更 する
   関東軍 防疫給水部 731部隊 / 日本軍 の 毒ガス実験 や 人体実験 を 行った 謎 の 多い 部隊
   の 司令官 I 中将 の 側近 で 元陸軍中佐 N が 設立 し 企業内 にも 元 731部隊員 を 多数配置
   社長 以下 の 重役 の 多く は 厚生省 からの 天下り で 占められて います
   1967年 赤痢菌 予防薬 を 自衛隊員 で 人体実験 し 未承認 の 人工血液 も 一般患者 に 投与
 
  化学及血清療法研究所 厚生省医薬食品局所管 の 公益法人 で 1945 / 昭和20年 熊本 に 設立
   予防医学 ・ 血液学 ・ 生物製剤 ・ 等 の 調査 や 研究 を 行っています

  輸入販売 で 起訴
 
  日本トラベノール 1969 / 昭和44年 住友化学 は バクスター との 合弁会社 として 大阪 に 創業
    バクスター 1931 / 昭和6年 アメリカ に 創業 し 昭和37年 バクスター・トラベノール と 改称
    輸血技術 の 先駆者 として 第8因子濃縮血液凝固因子製剤 や 腎臓透析 等 発明 多数
  日本臓器製薬 1939 / 昭和14年 大阪 に 創業 の 製薬会社
  バイエル薬品 1863 / 文久2年 ドイツ に 創業 し 主要製品 に アスピリン を 登録

 1996年 業務上過失致死容疑 で 被告 を 起訴     刑事告訴
 
  帝京大学医学部附属病院 医師 / 内科長 A  2001年 無罪 後 検察上告中 2005年 死去 88歳
   起訴理由 は 在職病院 での 感染死 の 事実 と 隠ぺい工作 から 承認取り消し の 遅延 と 回避
    1985年 非加熱第8因子製剤 クリオブリン / 日本臓器製薬 を 投与 後 エイズ 発症 1991年 死亡
   エイズ研究班 班長 = 専門家 の 考察 で 感染率 を 3000分 の 1 と 断言 した 事 に 対する 偽証
   大正時代 に 生まれ 東京帝国大学医学部 から 海軍大尉 / 医官 更に 帝京大学副学長 への 生涯
 
   決定権 を 持つ 責任 ある 立場 の 権威 と 言う事 で 帝京 大学病院 内科長 が 加害医師代表
   として 逮捕起訴 されましたが 日本中 の 多くの医師 が 同じ 決定 を し 危険 を 告知 せず 実行 し
   現在 その 事実 と 各責任 の 所在 は 闇 に 葬り 去られ 一人 の 犯歴 として 集約 されています
 
  厚生省 薬務局 官僚 M    2001年 有罪
   非加熱製剤 に 変わる 加熱製剤 の 開発成功 にも 承認 せず エイズ を 拡大 し  人命 非尊重
   の 上 に 成り立った 金品 を めぐる 企業 との 癒着 と 感染後 も 一貫無罪 を 主張 し 2年半 無視
 
  製薬会社 ミドリ十字 代表取締役 M ・ S ・ K   2000年 有罪  株主代表訴訟 で 2002年 和解
   起訴理由 は 厚生省 の 官僚 や 同 内科長 等 と 結託 して 危険 な 技術 で 市場 を 独占 し
   この機会 に 販売拡大 しよう と 画策 し 危険情報 を 隠ぺい ・ 厚生省 幹部 と 隠ぺい の 密約
   加熱製剤 が 承認後 も 回収 せず 1986年 非加熱第9因子製剤 クリスマシン / ミドリ十字 を 投与
   後 エイズ 発症 1995年 死亡   ミドリ十字 は 血液製剤 の 取り扱い 量 60% で 第一位

 1996年 国は菅直人厚生大臣 の 謝罪 で 和解    事件 の 真相 は 闇 の 彼方 へ

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